名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1449号 判決 1992年4月10日
原告
堤重明
被告
加茂谷節子
主文
一 反訴被告は反訴原告に対し、金九万九五〇〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五〇分し、その四九を反訴原告の、その余を反訴被告の負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
反訴被告(以下被告という)は反訴原告(以下原告という)に対し、四八四万二〇七二円及びこれに対する昭和五七年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を原因として、被告に対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和五七年一〇月一五日午後五時一五分ころ
(二) 場所 名古屋市東区白壁三丁目一一番一八号先歩道上
(三) 加害車両 被告運転の普通乗用車
(四) 態様 別紙図面記載のとおり、車道上から路外のガソリンスタンドに入ろうと時速約一〇キロメートルで後退していた加害車両が、歩道上で子供を抱えて立つていた原告に背後から衝突し、同記載<×>の地点に転倒させ、頚椎・腰椎・左足関節・右下腿挫傷、左膝関節部挫創の傷害を負わせた(甲三ないし甲九、原告本人)。
2 被告の責任原因
被告は、加害車両を後退させる際後方の安全確認を怠り、そのまま進行した過失により本件事故を惹起した。
3 原告の通院状況(一部)
原告は、本件事故後<1>昭和五七年一〇月一五日から昭和五八年一月二四日まで長谷川外科に(通院実日数一五日間)、<2>昭和五八年五月四日から六月一一日まではちや整形外科に(通院実日数四日間)、<3>昭和五九年八月三一日から九月四日まで再び長谷川外科に(通院実日数二日間)、<4>同年九月五日から一二日まで国立名古屋病院に(通院実日数三日間)、<5>同年九月一二日から一八日まで神保外科に通院し、翌一九日から一二月一三日まで同病院に入院し、更に昭和六〇年一〇月八日まで同病院に通院した(入院日数八六日間、通院実日数八八日間)。
4 原告の治療費(一部)
原告は、前示長谷川外科での昭和五八年一月二四日までの治療費として三三万八〇二〇円を要した。
5 損害の一部填補
原告は、被告から本件事故による損害の填補として七三万八五二〇円の支払を受けた。
二 争点
被告は、原告の傷害が昭和五八年一月二四日までに治癒ないし症状固定しており、その後の治療、休業等は本件事故と因果関係がないと主張し、損害額を争つている。
第三争点に対する判断
一 本件治療の必要性及び後遺障害の有無・程度
1 原告の受傷内容及び治療経過等
(一) 前示争いのない事実、甲一、甲一〇、甲二三ないし甲二五、乙一、乙二の一三ないし一九、二五ないし三〇、三二、三四、三六ないし四九、五三ないし六四、六七、七一、乙五、原告本人、鑑定の結果によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和五七年一〇月一五日前示の態様で加害車両に衝突されて、頚椎・腰椎・左足関節・右下腿挫傷、左膝関節部挫創の傷害を負い、<1>その治療のため同日から昭和五八年一月二四日まで長谷川外科に通院し(通院実日数一五日間)、<2>その後昭和五八年五月四日から六月一一日まで、はちや整形外科に通院して、腰部捻挫(椎間板傷害)及びその後の中隔石灰化症との診断を受け(通院実日数四日間)、<3>昭和五九年八月三一日から九月四日まで再び長谷川外科に通院し(通院実日数二日間)、<4>同年九月五日から一二日まで国立名古屋病院に通院して、腰椎ヘルニアの疑い、腰痛症との診断を受け(通院実日数三日間)、<5>同年九月一二日から一八日まで神保外科に通院し、翌一九日から一二月一三日まで同病院に入院し、更に昭和六〇年一〇月八日まで同病院に通院して、腰椎ヘルニア、腰痛症との診断を受けた(入院日数八六日間、通院実日数八八日間)。
(2) また原告は、右のほか鍼灸院等でも診療を受け、<1>昭和五七年一一月二二日から昭和五八年八月二〇日まで三輪鍼灸治療に(通院実日数七日間)、<2>昭和五七年一二月九日から昭和五八年六月九日まで鈴木整体研究所に(通院実日数五日間)、<3>昭和五八年一月一〇日から昭和五九年五月二二日まで石川鍼灸治療院に(通院実日数一三日間)、<4>同年四月二八日長生館療院に、<5>同年六月一六日から七月二七日まで西日本ハリ灸院に(通院実日数五日間)、<6>昭和五八年七月二五日から昭和五九年三月三日まで長江はりマツサージ療院に(通院実日数一一日間)、<7>昭和五九年八月二日星野治療院に、それぞれ通院した。
(3) 原告は、前示治療中、昭和五七年一〇月一五日長谷川外科での初診時には、前示受傷部位の痛み、頭痛、吐気を訴え、医者から入院を勧められたが、他方X線撮影の結果では、本件事故前から存在したと考えられる項靱帯の異常骨化、第五・第六頚椎間椎体前縁に先鋭化などの加齢的変化こそ認められたものの、頚椎、腰椎に本件事故による明らかな骨傷は認められず、傍脊柱軟部陰影にも異常がなかつた。
そして原告は、同年一〇月及び一一月各六日間、一二月に二日間、昭和五八年一月に一日間同病院に通院した後、同病院での治療を中止した。
(4) その後、原告は、<1>昭和五八年五月四日はちや整形外科での受診時に、長時間立つていると腰がドーンとすると訴え、<2>昭和五九年八月三一日長谷川外科での再診時には、頭痛、腰部下部両側痛を訴えたが、格別の他覚的所見は認められず、<3>同年九月五日からの国立名古屋病院での受診時には、二ケ月前から頚部痛・腰痛が増強してきた旨等と訴え、頚椎の運動制限、右前斜角筋部の圧痛があり、スパーリングテストで左側に反応が認められると診断されたが、CT撮影の結果では異常は認められず、<4>同年九月一二日からの神保外科での受診時にも依然として、頚部痛・腰痛を訴え、結局前示のとおり、国立名古屋病院と神保外科で腰椎ヘルニア、腰痛症との診断を受けた。
(5) 原告は、平成三年一月一二日鑑定人藤田保健衛生大学吉沢英造医師の診断を受けた際、自覚症状として腰痛、頚部周囲のいらいら感、降雨前の頚部の重圧感、目のしよぼつき、疲労時のこめかみ部の痛み等の多彩な症状を訴え、検査の結果下位腰椎棘突起部に圧痛のあることが認められたが、他方頚椎・腰椎の運動に格別の制限はなく、神経根症状誘発テストは陰性で、上下肢の周囲径に左右差は認められず、四肢腱反射は正常で、病的反射や知覚障害も認められなかつた。またX線撮影でも、<1>頚部に前示(3)と同様の加齢的変化があり、<2>腰部には、第四・第五腰椎間及び第五腰椎・第一仙椎間の椎間板に軽度の変性があり、<3>頚部・腰部に本件事故とは直接関係のない多数の伏鍼が認められたが、それ以外に椎間孔や狭小化等の異常は認められず、MRI検査でも、格別の異常は発見されなかつた。
(二) 右認定に関し、原告本人は、長谷川外科で診療中の昭和五七年一一月ころから症状が悪化し、動くことができなくなつたと供述するが、乙一〇の記載上も原告が同病院の医師にその旨を告げた形跡が認められず、直ちに右供述を採用することができない。
2 当裁判所の判断
(一) 右認定の受傷内容、治療経過(特に長谷川外科での初診時の原告の症状)に鑑定の結果を併せ検討すれば、本件事故による原告の前示傷害は、打撲・捻挫といつた比較的軽度のものであつたと考えられ、原告の頚椎に前示のような加齢的変化が潜在していたことを考慮しても、本件事故後約三ケ月以上を経過し、長谷川外科での通院治療が中断した昭和五八年一月二四日の段階で症状固定(ないし治癒)の状態に至つていたものと認めるのが相当であり、その後の治療は、本件事故との因果関係がないといわざるを得ない。
(二) そして鑑定の結果に照らせば、原告の現在の症状のうち目のしよぼつき、疲労時のこめかみ部の痛みを除くその余の症状は、原告の頚椎、腰椎の加齢的変化及び前示の伏鍼に由来する可能性が充分にあり、また目のしよぼつき、疲労時のこめかみ部の痛みも老眼等の老化現象に起因する可能性が高く、これらの点に照らし、いずれも本件事故との因果関係を肯定することが困難であるといわなければならない。
二 原告の損害
1 治療費(請求五三万二六六五円) 三三万八〇二〇円
原告が前示長谷川外科での昭和五八年一月二四日までの治療費として三三万八〇二〇円を要したことは当事者間に争いがなく、その後の治療については前示のとおり、本件事故との因果関係が認められない。
2 入院雑費(請求八万六〇〇〇円) 認められない。
昭和五九年九月一九日から一二月一三日までの神保外科における入院は、前示認定の症状固定後の入院であり、因果関係を認めることができない。
3 休業損害(請求二四二万二三九四円) 認められない。
乙六、原告本人によれば、原告は、本件事故当時内装建築の請負を業務とするニツシヨウ産業株式会社の代表取締役であり、昭和五八年度四六七万四〇〇〇円の、昭和五九年度七四一万円の役員報酬の支払を受けていたが、同会社が昭和五九年七月倒産し、その支払を受けられなくなつたことが認められるが、原告の請求する昭和五九年一月一日以降の休業損害は、いずれも前示症状固定時後のものであり、また右のとおり本件事故のあつた昭和五八年度の収入が前年よりも格別減少した事実も認められないことも考慮すると、直ちに本件事故との因果関係を認めることができない。
4 傷害慰謝料(請求一五〇万円) 五〇万円
原告の受傷部位・程度(特に、原告が当初医者から入院を勧められる状態であつたこと)、治療期間及び経過等を勘案すると、右金額が相当である。
5 後遺障害逸失利益及び同慰謝料(請求合計一〇三万九五三三円) 認められない。
前示のとおり原告の現在の症状は、本件事故との因果が認められないし、鑑定の結果を勘案すれば、前示症状固定時に原告に賠償を必要とする程度の後遺障害が残存していたと認めることも困難である。
6 損害の填補
以上の損害の合計は八三万八〇二〇円となるが、これから原告が損害の填補を受けたことに争いのない七三万八五二〇円を控除すると、残額は九万九五〇〇円となる。
三 結論
以上の次第で、原告の請求は、被告に対し九万九五〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年一〇月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 夏目明徳)
別紙 <省略>